最高裁判所第三小法廷 昭和57年(オ)859号 判決 1984年3月27日
上告人
沖繩振興開発金融公庫
右代表者副理事長
久場政彦
右訴訟代理人
宮原功
須田徹
被上告人
沖繩県鰹鮪漁業協同組合
右代表者理事
糸満恒夫
右訴訟代理人
戸田等
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人宮原功、同須田徹の上告理由について
原審の適法に確定した事実によれば、第二八大蔵丸は、本邦を出港してから本邦に帰港するまで約一年にわたり、インド洋を主な漁場として刺身用鮪の漁獲に従事し、漁獲した刺身用鮪を冷凍保存のうえ本邦に帰港してその水揚げをするという約三〇〇トン級の訴外合資会社大蔵水産所有の遠洋鮪漁船であつて、その全航海を一航海とするものである、というのである。したがつて、第二八大蔵丸は、漁船であつて商行為を目的として航海をするものではないが、航海の用に供する船舶であることは明らかであるから、船舶法三五条により商法第四編の規定である商法八四二条六号の準用があるものと解するのが相当であり、また、同船が本邦を出港し遠方洋上に向う航行、海外基地と漁場とを往復する航行及び漁獲を終えて漁獲物を本邦に持ち帰る航行は、いずれも同船が遠洋漁鮪をするための航行としてその間に実質的な相違はないというべきであるから、所論のように漁獲を終えて漁獲物を本邦に持ち帰る航行だけが同号所定の航海にあたるものと解すべく理由はなく、本邦を出港し再び本邦に帰港するまでの航行は、その間の漁獲に従事した際の航行をも含め、同号所定の航海に該当するものと解するのが相当である。
ところで、今日のように通信制度、送金制度及び代理店制度が発達している状況のもとにおいては、航海の途中において、船長が外国の商人と直接契約を締結して燃料油や食料等の補給を受けなくても、船長から連絡を受けた船舶所有者が、代金決済の方法を講じたうえ、外国の商人又はわが国の商人と契約を締結して船舶に燃料油や食料等の補給をすることができるところ、その場合の船舶所有者がする契約は陸上における通常の契約と異なるところはないから、その限度において今日では商法八四二条六号所定の債権に船舶先取特権を認めて債権者の保護を図るべき必要性は減少しているものと解される。しかも、船舶先取特権は公示方法なくして船舶抵当権に優先するものとされているから(商法八四九条)、船舶先取特権を広く認めることは、船舶抵当権者の利益を害し、ひいて船舶所有者が金融を得るのを困難にするものであるところ、この点は、船舶先取特権が認められる場合を制限する国際条約が締結されていることにみられるとおり、国際的な問題でもあつて、これを批准していないわが国においても先取特権に関する商法の規定を解釈するにあたり十分に斟酌すべき事柄であるといわなければならない。したがつて、これら諸点に照らして考察すると、船舶先取特権が認められる債権の範囲は厳格に解釈すべきものと考えられるが、右商法の規定が存する以上、これを無視するような解釈をすることの許されないことはいうまでもない。のみならず、商法八四二条六号所定の債権に先取特権が認められているのは、右債権の発生原因である燃料油や食料等の補給が船舶所有者の総債権者の担保である船舶の維持ないしは保存に役立つものであることにもよるのであるから、船舶所有者に対する総債権者の共同の利益のために生じた債権であるというだけでは同号所定の債権にあたらないとする所論は当をえないものといわなければならない。したがつて、原判決が、本件のようにわが国において船舶所有者が締結した契約に基づき航海中のわが国の船舶に燃料油や食料等の補給がされたことによつて生じた債権であつても商法八四二条六号所定の債権として船舶先取特権の被担保債権たりうるものと解し、また、前示のとおり、第二八大蔵丸が本邦を出港し再び本邦に帰港するまでの全航行が同号所定の航海に該当するものであると解したとしても、所論のように右商法の規定の解釈を誤つたものとすることはできない。
そうすると、所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして肯認することができるところ、右事実関係のもとにおいて、被上告人が訴外合資会社大蔵水産に対して取得した所論の諸経費の立替金債権が商法八四二条六号所定の債権に該当するとした原審の判断は、是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(横井大三 伊藤正己 木戸口久治 安岡滿彦)
上告代理人宮原功、同須田徹の上告理由
一、原判決は一般論として、商法八四二条六号に規定する船舶先取特権についてその適用を制限すべきであると説示しながら、具体的には制限的解釈を行つておらず、第一審判決をそのまま維持している。
しかし、原判決は次の諸点につき解釈を誤つており、判決に影響を及ぼすことが明らかである。
二、原判決は本件船舶の船籍港において発生した債権についてまで船舶先取特権を生ずるものとしている。
しかし、右の解釈は同条号についての制限的解釈の方向に背馳し立法趣旨を逸脱している。
同条号の立法理由は一様ではないが、遠く船籍港を離れて航海する船舶に対して燃料油等を補給しようとする者は船主の資産状況を知ることが困難であり、また事実上船主の陸産に対しての強制執行が困難であるところから、補給者は現金取引でない限りその給付をしようとせず、そのことがひいては航海に支障をきたすことや、その債権が他の債権者にも共同の利益を与えている等の理由により特別の保護を与えたものと解されている。原判決もほぼ同趣旨のことを説示している。
ところで本件の燃料油売掛代金債権等は船主と被上告人組合との間に発生したものであり、債権の発生地は船籍港である沖繩県である。債権の履行場所が船籍港以外であつたにすぎない。従つて被上告人組合は船主の資産状況を充分に認識しえたのであり、このことは第一審における証人菅沼の証言からも明らかである。
また、被上告人組合はいつでも船主の陸産に対して強制執行をなしうる立場にあつたのである。被上告人組合の立場は工場主に対して原材料等の給付をなす者の立場に比肩しうるものであるが、この者の立場と少しも異ならない。
このような被上告人組合の債権に対して先取特権を与えて保護することは法の趣旨を逸脱するものであり、一般の債権としての効力を認めれば足りる。まして、登記された船舶抵当権に優先してまで保護すべき理由は全くない。原判決の如く「実質上船主の債権者の共同の利益のために生じたと認められる以上は、同条号が適用されて先取特権を生じるとみるほかはない」とは言えないのである(以上高松高裁昭和五二年一二月九日判決・判例時報八九五号一一四頁以下参照)。
右によれば被上告人組合が本件船舶に対して補給した燃料油、食料等の売掛代金債権並びに部品送料及びこれらに附随する費用は全べて先取特権の範囲から削られるべきである。
尚、①ランチ料、②港管理局費、③水先案内料、④船舶油だく課徴金、⑤医療費等被上告人組合の立替金については先取特権を有することになるが、これらは同条号によつて認められるものではなく、①③については同条四号により、②④については同条三号により、⑤の如き職務上の事故に基づく医療費については同条七号により認められるものと思料する。因みに一九六七年の「海上先取特権及び抵当権に関するある規則の統一のための国際条約」によつても右の②③⑤については先取特権が認められている。
三、第二に原判決は漁撈操業の期間も同条号の「航海継続」にあたるとして、漁船の場合、操業イコール航海と解しているところに誤りがある。
準用は立法の便宜上規定の重複繁雑を避ける技術的必要から行う方法であるが、法が広く準用している場合に事の性質上、解釈のうえである条項については準用を認めないことがしばしば存在する(民法四五八条による同法四三四条の如し。連帯保証人に対する履行の請求は主たる債務者に対して効果が及ばない)。
船舶法三五条によつて商法の規定が準用されているが、本件マグロ船の如き漁場を求めて渡りあるくいわば操業のための航海は商法の予定する航海ではなく準用を解釈により否定すべきである。右の解釈により同法条の準用を無にするものではなく、商法八四二条一号等は準用されるべき典型的なものと思われるが、六号以外のものについても準用が認められるであろう。
仮に六号について準用を認めるとしても準用するにあたつては先取特権の範囲を広く認める方向での準用は許されず、制限的に準用すべきである。
即ち、本邦を出港し、漁獲を終え、それを本邦に持ち帰るための航海だけが商法の予定する航海に匹敵すると考えられる。そうだとすると漁獲を終えて補給したポートルイス並びに帰途補給したシンガポールにおける諸経費のみが船舶先取特権として扱われることになる。
また明白に航海のためではなく、操業のためと認められる諸経費は除外すべきである。冷凍庫用部品の送料、冷凍庫用の潤滑油等についてはこの点からも除外される。
四、第三に原判決は「航海継続の必要」の意味を誤つている。
原判決は航海継続のための必要性が認められれば広く先取特権を認めているが、同条号の適用を制限すべきであるという立場からは、航海継続に直接かつ不可欠のものに限られ、間接的な経費や、これが欠けると不便であるという程度のものは除外されるべきである。
従つて、部品送料、通信費、代理店費、タクシー料金など附随的な費用は除外されなければならない(横浜地裁判決昭和四九年五月一〇日判例時報七五二号八七頁以下参照)。